DJ's House / 育児ガイド

三国志・正史と小説

『三国志』と『三国志演義』はどう違う?子どもと話す「お話は真実とは限らない」

わらの船で矢を借りるお話を聞いた子どもの多くは、諸葛亮のアイデアだと信じています。でも、歴史上この出来事にあったのは実は孫権だったと伝えると、子どもはたいてい一瞬固まって、それから質問が止まらなくなります。三国志を話すときに「これは本当?それともお話?」とひと言聞いてみるのは、考える力を育てるいい練習になります。

一方は歴史書、もう一方は小説

『三国志』は西晋の陳寿が書いた歴史書です。その後、南朝の裴松之がたくさんの注をつけ、ほかの書物の記録を多く補いました。一方の『三国志演義』は、それから千年以上あとの明代の小説で、作者は一般に羅貫中とされています。羅貫中は歴史書や民間の伝説、芝居などをもとに、わくわくする物語に仕立て直しました。

子どもにはこう話せます。一方は「記録」で、もう一方は「アレンジ」。アレンジはとても面白いけれど、本当のこととは限らないんだよ、と。

例1:桃園の誓い

小説では、劉備・関羽・張飛が桃園で義兄弟の契りを結びます。正史には義兄弟の誓いの記録はなく、劉備と関羽・張飛は「寝るときは同じ寝床、恩は兄弟のようだった」と書かれているだけです。つまり、3人は兄弟のように仲がよかったということです。仲のよさは本当で、誓いの儀式は小説が加えたものです。

例2:草船借箭(わら船で矢を借りる)

小説では、赤壁の戦いの前に諸葛亮がわらの船で曹操軍から矢を借ります。一方、裴松之の注が引用する『魏略』の記録はこうです。何年もあとの濡須口の戦いで、孫権は大きな船に乗って曹操軍のようすを見に行きました。船の片側に矢がびっしり刺さってひっくり返りそうになったので、船の向きを変えて反対側にも矢を受け、船の釣り合いがとれてから引き返しました。主人公も、時期も場所も違うのです。

例3:温酒斬華雄(酒が冷めないうちに華雄を斬る)

小説では、関羽が出陣する前に曹操がついだ酒がまだ温かいうちに、関羽は華雄を斬って戻ってきます。正史の記録では、華雄は孫堅が董卓軍を破ったときに討たれていて、関羽とは関係がありません。

例4:空城の計

諸葛亮が城門を開けて琴を弾き、司馬懿を退かせる場面は、小説でもっとも有名な場面のひとつです。裴松之の注にも似た話が引用されていますが、裴松之自身が疑問を示しています。そのとき司馬懿はそもそもその戦場にいなかった、というのです。歴史学者の多くは、この出来事は実際にはなかったと考えています。

例5:七縦七擒(孟獲を7度捕らえる)

この例はちょうど逆です。陳寿の『三国志』本文は諸葛亮の南征に簡単にふれているだけで、「7回捕らえて7回放した」話は、裴松之の注が『漢晋春秋』から引用したことで残りました。小説がゼロからつくった話ではありませんが、正史の本文に書かれているわけでもありません。「別の本に書かれている説」なのです。

子どもと一緒に練習したい3つの問い

  1. これは誰が書いたの?いつ書かれたの?
  2. ほかの本や資料にも、同じことが書いてある?
  3. 作者はどうしてこう書いたの?記録するため?それともお話を面白くするため?

この3つの問いは、三国志だけに使えるものではありません。子どもが大きくなってニュースやネットの動画を見るときにも、同じように考えることができます。これこそが三国志を話すいちばんの価値だと私は思っています。お話は面白い。それでも、どこが事実でどこが「言い伝え」なのかを見分けることができるのです。

よくある質問

小説は本当じゃないと伝えると、お話の楽しさが台無しになりませんか?

たいていそうはなりません。「本当はこうだったんだ」と知ると、子どもはかえって興味を深めます。小説は作者が工夫をこらしてアレンジしたすばらしい作品で、ただ歴史とは違うのだと伝えるとよいでしょう。

裴松之の注とは何ですか?

陳寿の『三国志』は比較的簡潔な歴史書です。南朝の裴松之がこれに注をつけ、100種類を超えるほかの書物の記録を引用して内容を補いました。なかには互いに食い違う記録もあり、裴松之は自分の判断も書き残しています。私たちがよく知る三国志のお話の多くは、実はこの裴松之の注が出どころです。

子どもに原文を読ませる必要はありますか?

その必要はありません。お話を聞いて、違いについて話すだけで十分です。子どもが大きくなって興味を持ったら、現代語訳や子ども向けの歴史書を一緒に読んでみましょう。

この記事は一般的な子育て情報であり、医療や専門家のアドバイスに代わるものではありません。お子さんの発達や健康で気になることがあれば、小児科医などの専門家にご相談ください。

正史と小説を比べながら聴く

『皓仔的時空冒險』(中国語)では、毎回正史と小説の記述を並べて話すので、子どもが自分で判断できます。